美味しいワインを探す旅
私は長年自分を触発してくれるような自分にとって美味しいと思えるワインの旅をしてきました。
美味しいと思うワインは皆さんそれぞれに違うでしょうし時代と共に変化してきます。PUR SANGでもいろいろな見方、私の思うところを述べていますが、そんなこと言うと惑わされる人がいるなどと言ったような批判をいただくこともありますし、何故あれだけ頑張っているインポーターを悪く言うのかとか、、。でも私は皆さんが自分なりに考えていただくことが大事だと思っています。だって皆さんは美味しいワインを楽しむためにワインを飲んでいるのだと思っているからです。
ワインの世界を長い間漂っていると、いかに美味しいワインを手に入れることが大変なのかが分かってきます。美味しいワインをまだ知らないのにワインを売ることだけに真剣になる人たち、知的好奇心のためにワインを学び権威的な世界で生きている人たちによる批評、私たちはただただ美味しいワインを手に入れて楽しみたいだけなのに、、。
私は今までの経験から皆様に私のたどってきた道から美味しいワインに出会うための助言が出来ればと思っています。
私は日本の教育制度に全く適していなかったために、ワインスクールにさえ行ったことがありません。そんなことはいくらでも本が出ているので知識だけの吸収はいつでも出来ること。それよりも美味しいワインを探す旅の方が興味があったのです。初期のロバート・パーカーの本を片手に抱えとにかく彼が良いというワインを買っては飲むことを繰り返してきました。その当時はワインが安かったこともあり恵まれていたと思います。ワインを買うたびに学ぶことが多い。なぜこのワインは美味しくないのか、なんでこのワインはこんなに官能的なのか、なんで同じロットのワインなのに味わいが違うワインがあるのか、同じヴィンテージなのに購入するワインショップが違うとこんなに味わいが違ってしまうのか、そんな経験を何度も繰り返すことにより一種の法則が見えてきました。そしてこれは誰も語らないワインの世界なのです。最近では飲食店に行っても何故このワインが美味しくないのかがほぼ分かるようになってきました。飲食店をやっていたこともあり、ワインを仕入れ、お客様にお出しし、一緒に飲みワイン会も数限りなくやってきたことが経験値として今役立っています。
私がやってきたことはまず自分が好きなワインが見つかったらその地域のワインを徹底的に飲み尽くすことです。あまり地域をばらばらに飲んでいると分からなくなってくるので、まずは一つの地域の限定する。そうすると多くのことが見えてきます。私が一番最初にボルドーのワインを徹底的に飲んだときに気がついたのは、どこの地域だから品種がどうかよりも作り手が大事だと言うことです。セパージュがどうだからではワインの美味しさは決まらない。全て作り手の感性にかかっているのです。テロワールと作り手の感性が全てを決定的にするのです。ですからセパージュをどうこう言っている人は美味しいワインに出会ったことがないのではと思っていました。今までの経験で言えることは知識で武装している人ほど美味しいワインを知らない人が多いのです。知識がワインの美味しさという要因と結びついていないのです。ですからどのワインが何級だとかそんなことはどうでも良かったのです。何級だろうが関係ないわけです。美味しいワインは美味しい。特に昔は格付けがほとんど変わらなかったので、1級だろうが全然良くない時期があった時代。もうそんなことに惑わされていたら美味しいワインには出会えないのです。最近でも地域名すら名乗れないようなワインを作る人も増えています。所詮格付けはワインを売るために一つの宣伝的な部分でもあるのです。わかりやすい指標と言えばそうかもしれませんが、それがワインを売るために利用されている部分もあるのです。
人は飲み始めほど大きな要素に興味を持ちます。ボルドーは誰もがわかりやすい要素を持っているのですが、人間は所詮飽きやすいもの。分かってくると飽きが来る。そして私の興味はブルゴーニュに移っていきます。まあとにかくブルゴーニュは死ぬほど飲みましたね。ずいぶん苦労もさせられました。美味しくないワインにも沢山出会いましたし、人生を変えられるような素晴らしいワインにも出会いました。今でも世界中で最も優れたポテンシャルを持つ地域だと思っています。もしブルゴーニュのワインがなかったら今のワイン需要もここまできていなかったと思います。ボルドーはブレンドしますが、ブルゴーニュは赤はピノ・ノワール、白はシャルドネがほとんどで単品種でここまでの複雑さを醸し出す。本当に凄い世界です。
そういえば昨日のテレビでやっていましたが、今の若者は長嶋茂雄を知らない。
ですから私がいくら凄い世界があったと言ってもそれは私たち世代が経験してきたことであって若い人たちは全く実感できていない世界です。人間はアバンギャルドな人もいればオーセンティックな人もいるためにあるとき時計が止まったように世代の感覚についていけない人もいますし、若い人とは違った自分なりの世界を進化させ追求していく人もます。いくつになっても昔のワインを求め続ける人もいますし、飽きがきて新しい世界を求める人もいます。
若い世代は経験値がまだそれほどないですが、違った視点で見れば経験値が私たちの中間くらいから始まっている。そうなってくると求めるものも違ってきます。そしてそれは生産者もワインラヴァーも同じなのです。ですからワインの嗜好が変わっていくのも当たり前です。特にこの20年は醸造学が飛躍的に進歩しましたし、コミュニケーション手段が劇的に進化しました。ワインの嗜好が今までにない変化を見せたのも当たり前と言えば当たり前なのです。
私が一番言いたいのは自分が求めるワインの姿に妥協しないでいただきたいと言うことです。今の世界は底上げが起こり妥協できるものが沢山出てきました。あ〜これでいいや、、なんてことは私でも沢山あるのです。でももしあなたが美味しいワインを求めるのであれば妥協することはワインの進化につながっていきません。作り手にもワインラヴァーにとっても良くないこと。そして是非おたくになって下さい。これからの時代はおたくこそが正しい世界のです。適材適所、それは人生でも同じことで自分の居場所は自分で見つける。親でさえ実は分からないのです。人の意向で動いていては本当の人生は見つかりません。昔は親方の元で学んだ職人が多かったですよね。好き嫌い向いている向いていないに関わらず。でも今時代は違います。いいじゃないですか。好きなことが出来れば。突き詰めていけば必ずものになります。人間は誰でも向き不向きがあるのです。そして分かるようになると更に面白くなっていきます。ワインの世界とはまさにこういった世界なのです。
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